2008年01月12日

真田十勇士 猿飛佐助の暗躍

真田幸村と切っても切り離せない存在の真田十勇士

その中でも異彩を放つ存在なのが、猿飛佐助霧隠才蔵
両名共に忍者の代名詞的存在ですね。

その猿飛佐助、ホントにいたの?

10歳だったころのボクは当然この真田十勇士は実在するものと確信!していたface02
ましてや、猿飛佐助霧隠才蔵は絶対にいる、いてくれなきゃ困る!くらいの思いだったのだ。

でも様々な本を読んでいくと段々その思いも・・・・怪しくなる。
「ホントにいたの?」
謎が深まることに事実を知りたいと思い始めたボクは調べることにした。
小さな歴史研究家?の誕生だった。

最初に調べたのは真田十勇士
その中でも1番好きだった猿飛佐助についてボクは調査を開始した。

最初に分かったのは戸澤白雲斎の弟子ってこと、戸隠の山の中で修行をしていた。
ってことは佐助は甲賀でも伊賀でもないってことですね。
ボクは忍者は伊賀と甲賀だけだと思っていたのでちょっとビックリだった。

じゃあなぜ流派が甲賀流とされているの?戸隠流ではないのは?

どうやら、豊臣方は甲賀忍軍を諜報活動に用いた、と言われている事が原因のようですね。

佐助のことが少しづつ分かってきたぞ。

確信はホントにいたのかどうかだ。

鳥居峠の麓に住む鷲尾佐太夫という郷士の息子っていうのはお話の中の設定。

とある本では武田勝頼の遺児という設定もある。

でも、どうやら確証たる書物はないようで「立川文庫」の作り出した架空の人物ってのが定説のようです。

ありゃりゃ~~~face07そうなのか・・・

ん?でもでも、上月佐助という人物をモチーフにしている?
おぉ~~そうなんだ!
一応実在した人物がベースなのか。

司馬遼太郎先生は三雲新左衛門賢持の子、三雲佐助賢春猿飛佐助であると実在説を支持しているということ。

あの司馬先生も実在説を支持してるなんてface02嬉しいですね。

歴好きにとって大事なのは存在や史実が曖昧であるからこそ、想像する楽しみがあることですもんね。
それが歴史の楽しみであると思うことに気付かされたボクだった。

戸隠村にて修行中!応援してください。→→→ にほんブログ村 歴史ブログへ

ボクの所蔵の猿飛佐助
     
昭和29年講談社刊行   柴田錬三郎 文春文庫 


   








この記事へのトラックバックURL

http://gifuaruaru.gifulog.com/t29887