2008年01月22日

戦国時代の焼おにぎり?上杉三郎景虎

戦国時代の焼?おにぎりが見つかった?face08


妙高市籠町にある鮫ケ尾城跡から、戦国時代の焼けたおにぎりが見つかったそうです。
そのおにぎりはどうやら、上杉謙信の没後、上杉景虎上杉景勝が戦った「御館の乱」鮫ケ尾城が焼失したことから、「御館の乱」で焼けたおにぎりではないかということみたい。

 調査では鮫ケ尾城の三ノ丸から炭化した複数の塊を発掘。現場では炭化した米粒が多く出土していたため、専門家の分析では、もみ殻ではなく炊かれた米で、表面の飯粒はつぶれているが、内部はつぶれていないことなどから、おにぎりであることが分かった。face08(現代の科学の力は凄い!)
外見も手で握った形に近い曲線を描き、笹のような植物で覆われていた痕跡もあった。

御館の乱で敗走した景虎が鮫ケ尾城に立て籠もり。景勝が城を包囲し火を放って落城させ、景虎は自害している。

当然ながら景勝について直江兼続も一緒だっただろうから、彼らの時代の貴重な産物になる。


ついでなので鮫ヶ尾城の勉強をしましょう。

鮫ヶ尾城
所在地 新潟県新井市大字宮内

築城時期や歴代城主についての詳細は定かではありません。
おそらく永禄年間から天正年間にかけて、信越国境から春日山城へ至る北国街道沿いの防衛網の一環として築城・整備されたものとして考えられています。

「御館の乱」が勃発した際、鮫ヶ尾城主の堀江宗親は上杉景虎に加担します。
しかし、上杉景勝陣営の攻撃の前に上杉景虎は敗走し、小田原に逃げようとします。
その際に逃げ込んだのが鮫ヶ尾城、景勝軍は城を包囲し、城主 堀江宗親を内通させるのです。
これにより観念した上杉景虎は鮫ヶ尾城と共に自害し果てるのです。
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