2008年02月05日

戦国の石工 穴太衆 再び

織田信長豊臣秀吉織豊時代に活躍した、石工衆団 穴太衆

主に寺院や城郭などの石垣施工を行った土木技術者集団で、城郭の石垣構築にも携わるようになり江戸時代初頭にかけて多くの城の石垣が穴太衆の指揮のもとで作られ、彼らは全国の藩に召し抱えられ、城石垣等を施工するようになったという。

穴太衆の存在を知った織田信長は、安土城築城に際しその石垣類をすべて穴太衆に任せている。


安土城 大手門通り

その穴太衆が再び、この世で活躍しそうである。

内容は新名神高速道路の建設に伴い、滋賀県甲賀市甲南町と水口町の区間脇に付け替えられた東海自然歩道沿いの壁に、「穴太積み」が採用されたというのだ。face08

何故今頃、穴太衆なのか?

コンクリートや現代工法があるではないか?

耐力実験で、コンクリートブロック壁の強度を上回るとの初のデータも得られたという。

確かにあの堅固な天守や堀を何百年も崩さずに維持している強度はすごいのかもしれない。

伝統技術を継承する「穴太衆」として施工した職人は「先人の技術の高さが立証された」と感慨を深めている。

やはり昔の人達はすごいんだね!face02

ちなみに穴太衆は文禄3年の伏見城の構築に加わっており、先日行ったあの石垣も穴太衆のもの(復元なので違うよね。。。)




      


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