2008年03月18日

真田の六連銭

真田の象徴であり、真田の家紋六連銭

戦国において珍しいこの家紋はいったいいつからなのだろうか。

真田幸隆の項(ココ参照)でも書いたが、真田は元々は滋野氏の支流、海野氏である。

滋野氏の家紋は月輪七九曜であった。当然ながら海野氏の家紋も月輪七九曜だった。
  
おそらく真田幸隆羽尾幸全のところを出て武田晴信に仕えた辺りから使い始めたのではないだろうか。

では何故真田幸隆は六連銭を用いたのか?

死後かならずおもむく六道。
六道とは 地獄、餓鬼、畜生、修羅、人間、天上で一切の衆生が善悪の業によって赴く六つの迷界をいいあらわしており、六道銭とは死人を葬るとき棺に入れる六文銭のことである。

俗に言う三途の渡し賃で、真田幸隆はこれを家紋にすることにより不惜身命を誓ったのであhないだろうか。

幸隆は実際に仇敵 武田に与するにいたり、実父 海野棟綱を殺害?した可能性がある。

そのこともあり、武田晴信に与力するにいたり地獄、餓鬼、畜生、修羅の道に落ちるのは覚悟のうえである。それでも我は武田の下に参じるのだという心意気だったのだろう。

そんな幸隆を武田晴信は厚遇し、幸隆も武田のために奔走する。

後年この旗印の元、徳川家康は2度敗退し、大坂の陣においては本陣まで蹴散らかされている。

真田幸隆のスピリットは子の真田昌幸、孫の真田幸村に受け継がれ真田の家紋は後世まで語り継がれることになるのだ。




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