2008年05月07日
真田大助 真田の意地
今日5月7日は真田幸村公の命日である。
真田信仰者であれば、それは誰でもが思うところである。
ここで忘れてはいけないのは、幸村公だけでなく、息・真田大助幸昌公の命日でもあるということだ。
真田大助は1601年(慶長7年)幸村の配流先、紀州九度山で生まれている。
関ヶ原を知らない子である。
当然ながら、信州上田のことも知らずに育っていく大助。
九度山が大助にとっては故郷であり、生まれ育った故郷だった。

そんな自然の中で育っていた大助だが、13歳のとき大坂から父 幸村に依頼が届く。
「豊家のために力をかして欲しい」と。
幸村は九度山での生活で終わることよりも、武人としてもう一度、死に華を咲かせることを選び大坂へ入城するのだ。
真田大助13歳。九度山で生きていくことも選択肢としてあっただろうが大助は父 幸村に付いて大坂城に入城する。
山の中で育って来た大助にとっては見るものが全て、別世界のものだったろう。
当然戦も知らずに育ってきていたので、大坂城下に満ち溢れる活気や、蠢く浪人集団に驚きたのではないだろうか。
若干13歳の少年である。
大坂に入城して1ヶ月あまりで戦いは始まる。大坂冬の陣である。
大助は真田丸に籠もり、わずか500の兵にて襲い掛かる前田勢や松平勢と弓矢を交えることになる。
こうして大助は初陣を飾る。
しかし冬の陣は大きな戦闘もなく和睦が成立束の間の平和が訪れる。
翌年大坂夏の陣が起こるべくして起こる。
5月6日道明寺の戦いにて、勇将後藤又兵衛を失った大坂方は最終決戦を覚悟する。
もはや援軍も臨むべくもなく、敗北は目の前である。
幸村・大助父子は最後の一手、徳川家康急襲を策すため7日の早朝、陣を天王寺 茶臼山に構える。
幸村・大助父子の目の前には雲霞の如き徳川16万の兵が展開している。
前日の軍議において豊臣秀頼の出陣を要請しておいたのだが、午前11時を過ぎても出馬の様子はない。
戦機は当に熟している。
幸村は大助呼びこう伝える。
「秀頼公のもとにいきご出馬を乞え!」
大助は「嫌でございます。何ゆえに私がそのような役目を・・・・」
「ご出馬がかなわぬなら、そのまま秀頼公の側に侍り、小姓となれ!そして真田の義を見せよ!」
幸村のこの言葉に大助は言葉を失います。
父とともに最後までいたい。父とともに戦いたい。そんな想いが溢れてきます。
「我が兄、信之が徳川方にいる。そして此度の戦にはその息 信吉が参じている。故に我らは見方から猜疑心を抱かれておる。お前が秀頼公の側にいることにより真田の義を、幸村の義を示してくれ!」
大助も頭では理解をしていても心はやはりまだ13歳の少年です。
「今日の戦で死を覚悟された父とはなれ、秀頼様に仕えるなど思いもよりませぬ。私は父上とともに戦い討死にいたしまする」
「大助、親子であれば冥途でまためぐり合える。今生の別れを惜しむものではない。さぁ急ぎ城へ行くのじゃ」
幸村・大助最後の会話でした。
城へ戻った大助は父の言われたように秀頼に出馬を乞います。
再三要請しますが秀頼は将机に腰をすえ動こうとはしません。そればかりか、もはや言葉も発することはしませんでした。
そんな中、午後2時過ぎ真田幸村公討死の報が届きます。
真田隊は家康本陣を蹂躙しながらもあと一歩のところで家康を取り逃がし、体勢を立て直した徳川軍に飲み込まれたという事でした。
大助はこの知らせを聞き自分の定めを認識し、父の貫いた真田の義を自らも示そうと覚悟を決めます。
徳川の猛攻は続き、火の手が上がり始めます。
硝煙と怨嗟の入り混じる中、大助は秀頼の下に向かう。
秀頼はすでに天守にはおらず、山里曲輪にいました。
大野治長が大助に声をかけます。
「貴殿は豊臣譜代の家臣ではない、秀頼公と生死を共にする必要はない。そうそうに落ちられるがよい」
大助は「父 幸村は豊家のために命をかけました。私はその幸村の子です。私も豊家のために命を惜しむものではありません」
この言葉を聞いた大野治長は
「すまぬことをした。幸村殿をはじめ多くの方の諌めを聞いておれば・・・・すまなかった」
翌8日の朝、徳川の城内掃討軍が入ってくる。
13歳の少年にたった一度の戦場が落城であり、死でもあった。
大助の脳裏には何があったのだろう。
九度山での父母との思い出だったのだろうか。
山里曲輪の外は徳川兵で溢れているのだろう。
最後を悟った秀頼は最後は見事に自刃して果てた。
これを見取った大助は自らもこれに続き秀頼に殉じたのである。
真田大助幸昌 享年14歳。
見事真田の義を貫いた生き様であった。
真田の義を見せよ!!
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真田大助が新十勇士をともなって父幸村の無念を晴らす。
真田信仰者であれば、それは誰でもが思うところである。
ここで忘れてはいけないのは、幸村公だけでなく、息・真田大助幸昌公の命日でもあるということだ。
真田大助は1601年(慶長7年)幸村の配流先、紀州九度山で生まれている。
関ヶ原を知らない子である。
当然ながら、信州上田のことも知らずに育っていく大助。
九度山が大助にとっては故郷であり、生まれ育った故郷だった。

そんな自然の中で育っていた大助だが、13歳のとき大坂から父 幸村に依頼が届く。
「豊家のために力をかして欲しい」と。
幸村は九度山での生活で終わることよりも、武人としてもう一度、死に華を咲かせることを選び大坂へ入城するのだ。
真田大助13歳。九度山で生きていくことも選択肢としてあっただろうが大助は父 幸村に付いて大坂城に入城する。
山の中で育って来た大助にとっては見るものが全て、別世界のものだったろう。
当然戦も知らずに育ってきていたので、大坂城下に満ち溢れる活気や、蠢く浪人集団に驚きたのではないだろうか。
若干13歳の少年である。
大坂に入城して1ヶ月あまりで戦いは始まる。大坂冬の陣である。
大助は真田丸に籠もり、わずか500の兵にて襲い掛かる前田勢や松平勢と弓矢を交えることになる。
こうして大助は初陣を飾る。
しかし冬の陣は大きな戦闘もなく和睦が成立束の間の平和が訪れる。
翌年大坂夏の陣が起こるべくして起こる。
5月6日道明寺の戦いにて、勇将後藤又兵衛を失った大坂方は最終決戦を覚悟する。
もはや援軍も臨むべくもなく、敗北は目の前である。
幸村・大助父子は最後の一手、徳川家康急襲を策すため7日の早朝、陣を天王寺 茶臼山に構える。
幸村・大助父子の目の前には雲霞の如き徳川16万の兵が展開している。
前日の軍議において豊臣秀頼の出陣を要請しておいたのだが、午前11時を過ぎても出馬の様子はない。
戦機は当に熟している。
幸村は大助呼びこう伝える。
「秀頼公のもとにいきご出馬を乞え!」
大助は「嫌でございます。何ゆえに私がそのような役目を・・・・」
「ご出馬がかなわぬなら、そのまま秀頼公の側に侍り、小姓となれ!そして真田の義を見せよ!」
幸村のこの言葉に大助は言葉を失います。
父とともに最後までいたい。父とともに戦いたい。そんな想いが溢れてきます。
「我が兄、信之が徳川方にいる。そして此度の戦にはその息 信吉が参じている。故に我らは見方から猜疑心を抱かれておる。お前が秀頼公の側にいることにより真田の義を、幸村の義を示してくれ!」
大助も頭では理解をしていても心はやはりまだ13歳の少年です。
「今日の戦で死を覚悟された父とはなれ、秀頼様に仕えるなど思いもよりませぬ。私は父上とともに戦い討死にいたしまする」
「大助、親子であれば冥途でまためぐり合える。今生の別れを惜しむものではない。さぁ急ぎ城へ行くのじゃ」
幸村・大助最後の会話でした。
城へ戻った大助は父の言われたように秀頼に出馬を乞います。
再三要請しますが秀頼は将机に腰をすえ動こうとはしません。そればかりか、もはや言葉も発することはしませんでした。
そんな中、午後2時過ぎ真田幸村公討死の報が届きます。
真田隊は家康本陣を蹂躙しながらもあと一歩のところで家康を取り逃がし、体勢を立て直した徳川軍に飲み込まれたという事でした。
大助はこの知らせを聞き自分の定めを認識し、父の貫いた真田の義を自らも示そうと覚悟を決めます。
徳川の猛攻は続き、火の手が上がり始めます。
硝煙と怨嗟の入り混じる中、大助は秀頼の下に向かう。
秀頼はすでに天守にはおらず、山里曲輪にいました。
大野治長が大助に声をかけます。
「貴殿は豊臣譜代の家臣ではない、秀頼公と生死を共にする必要はない。そうそうに落ちられるがよい」
大助は「父 幸村は豊家のために命をかけました。私はその幸村の子です。私も豊家のために命を惜しむものではありません」
この言葉を聞いた大野治長は
「すまぬことをした。幸村殿をはじめ多くの方の諌めを聞いておれば・・・・すまなかった」
翌8日の朝、徳川の城内掃討軍が入ってくる。
13歳の少年にたった一度の戦場が落城であり、死でもあった。
大助の脳裏には何があったのだろう。
九度山での父母との思い出だったのだろうか。
山里曲輪の外は徳川兵で溢れているのだろう。
最後を悟った秀頼は最後は見事に自刃して果てた。
これを見取った大助は自らもこれに続き秀頼に殉じたのである。
真田大助幸昌 享年14歳。
見事真田の義を貫いた生き様であった。
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