2008年09月26日

秀吉の「黄金茶室」 価格は3・5億!

豊臣秀吉黄金の茶室が復元されたそうだ。

1億円の金箔に囲まれて、豊臣秀吉が愛した「黄金の茶室」


黄金の茶室は、関白になった秀吉が天皇などと茶を楽しんだともいわれ、「権力の象徴」として名高い。
今回は国立科学博物館の協力で、長野県松本市の純金製品製造販売業者が資料をもとに8カ月かけて製作。
約3畳半の茶室には、10センチ四方の金箔約1万5000枚(約1億円相当)が張られた。
茶室は販売の対象だが、価格は3億5000万円という。

誰が買うの?って感じですね。

そもそも茶の湯とは侘び寂びの世界でないだろうか。
それを秀吉が自身の権力の誇示のために、このような黄金の茶室を建造したといわれている。
この茶室の設計に携わったとされるのが、千利休だ。

千利休織田信長が堺を直轄地としたときに茶頭として雇われ、本能寺の変後、豊臣秀吉に仕えるようになった。
その後、秀吉の出世とともに利休の権力や、発言力も大きくなり、1585年(天正13年)秀吉の正親町天皇への禁中献茶に奉仕し、このとき宮中参内するため居士号「利休」を勅賜される。
秀吉の信任は厚く、1587年(天正15年)北野大茶会を主管したり、草庵茶室の創出・楽茶碗の製作・竹の花入の使用をはじめるなど、わび茶の完成へと向かっていく。
この辺りが秀吉の茶に対する考え方とは逆方向である。

利休は秀吉の聚楽城内に屋敷を構え聚楽第の築庭にも関わり、碌も三千石を賜わるなど、茶人としての名声の絶頂にあった。
現にこの時代、 「公儀のことは豊臣秀長に、内々のことは宗易に」といわれるほどであったという。

しかしそんな利休に突然の出来事が起こる。
1591年(天正19年)突然秀吉の勘気に触れ、堺に蟄居を命じられるのだ。
理由はいまだに謎であるらしいが、秀吉の勘に触れたのか、秀吉が利休の口を閉ざすことで何かを隠そうとしたのか、今では推測するのみである。

前田利家や、利休七哲のうち古田織部細川忠興ら大名である弟子たちが奔走したが助命は適わず、京都に呼び戻された利休は聚楽屋敷内で切腹を命じられる。
可愛さあまって憎さ100倍。
その仕打ちはひどいものだった。
利休の首は一条戻橋で梟首され、首は賜死の一因ともされる大徳寺山門上の木像に踏ませる形でさらされたという。

話が少し逸れていったが、そんな秀吉と利休が共同で設計した茶室が今、復元されている。

死ぬ前に一度は見ておくのも良いかもしれない。
なんせ3億5千万円だから・・・・

ちなに昔の伏見桃山城の中にも黄金の茶室があったと思うのだが、今は内覧できないので現在もあるかどうかは判らない。

「すのまた秀吉出世まつり」


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この記事へのコメント
3億5000万・・・・・・・・・。 唖然です。
でも、買う人は買うんでしょうね。
Posted by 謙信  at 2008年09月26日 17:47