2009年05月03日
お市の方 遅すぎる結婚
ゴールデンウィークも本番に入り行楽に出かける人も多いのだろう。
昨今の戦国時代ブームで歴史観光地を訪れる人も増えている。
一昔前までは行っても誰もいなく、閑散としていた感の強いマイナー所なども多くの人で賑わいを見せている。
滋賀県の小谷城や周辺の史跡もその一つだ。
小谷城といえば浅井長政とお市の方だろう。
お市の方をイメージしたキャラクターも作られその存在は知らない人はいない戦国きっての有名な女性である。
そんなお市の方は1547年(天文16年)に生まれている。
父は織田信秀で母は詳細不明。
兄は今更言うまでもないが、織田信長だ。
嫡男の信長をはじめ男子12人、女子6人の中の5女としてお市の方は生まれているのだ。
信長とは年の差は13歳。おそらくは異母兄弟だと思われる。

お市の方の幼少期については全く分かっていない。
当然である。時は戦国、女子はそれほど大切には扱われていなく、ましてや5女となればイチイチ記述など残している訳ではないので歴史的な表舞台に出るまでは全くの不明だ。
しかしお姫様として何不自由無い暮らしをしていたことは想像できる。
推定ではお市の方が5歳の時に織田信長が家督を継承している。
信長が家督を継いでからもその生活は変わることはなかっただろう。
だが次第にお市の周りの風が変わり始める。
信長が桶狭間の戦いで今川義元を打ち破ると、信長は次第に勢力を拡大していく。それに伴い信長は女子たちを政略の道具としてつかう。
まず最初に、自身の長女 ご徳を松平元康との同盟関係のために松平信康にと継がせている。
次に背後の憂いをなくすため、甲斐の武田信玄のもとに妹の子を養子として向かえ、武田勝頼にと継がせているのだ。
当時の戦国大名が政略結婚をすることはいたって普通のことであり、当たり前だった。
こうして背後の憂いを絶った信長は美濃平定を成し遂げ、本拠地を岐阜城に移し、お市の方もこれに伴って岐阜に移ったものと見られる。
次に信長が目指したのが京都上洛だ。
そのためには岐阜から近江の国を通っていかなければならず、近江には浅井長政、六角義賢がいた。
信長は浅井長政に目を付けた。
長政に誰かを嫁がせ、婚姻関係を結び観音寺城の六角氏を打ち破り、京都に乗り込もうと考えた。
問題は誰を嫁がせるかだ。
白羽の矢が立ったのは、信長の妹 お市の方。
このときお市の方は22歳。戦国時代の結婚としてはかなり遅すぎる。
ひょっとするとお市は初婚ではなかったのかもしれないか、もしくは信長の寵愛を受け手放したくなかったからか・・・憶測は多多ある。
理由はともかくお市の方は1568年(永禄11年)浅井長政に嫁いで行った。

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一昔前までは行っても誰もいなく、閑散としていた感の強いマイナー所なども多くの人で賑わいを見せている。
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そんなお市の方は1547年(天文16年)に生まれている。
父は織田信秀で母は詳細不明。
兄は今更言うまでもないが、織田信長だ。
嫡男の信長をはじめ男子12人、女子6人の中の5女としてお市の方は生まれているのだ。
信長とは年の差は13歳。おそらくは異母兄弟だと思われる。

お市の方の幼少期については全く分かっていない。
当然である。時は戦国、女子はそれほど大切には扱われていなく、ましてや5女となればイチイチ記述など残している訳ではないので歴史的な表舞台に出るまでは全くの不明だ。
しかしお姫様として何不自由無い暮らしをしていたことは想像できる。
推定ではお市の方が5歳の時に織田信長が家督を継承している。
信長が家督を継いでからもその生活は変わることはなかっただろう。
だが次第にお市の周りの風が変わり始める。
信長が桶狭間の戦いで今川義元を打ち破ると、信長は次第に勢力を拡大していく。それに伴い信長は女子たちを政略の道具としてつかう。
まず最初に、自身の長女 ご徳を松平元康との同盟関係のために松平信康にと継がせている。
次に背後の憂いをなくすため、甲斐の武田信玄のもとに妹の子を養子として向かえ、武田勝頼にと継がせているのだ。
当時の戦国大名が政略結婚をすることはいたって普通のことであり、当たり前だった。
こうして背後の憂いを絶った信長は美濃平定を成し遂げ、本拠地を岐阜城に移し、お市の方もこれに伴って岐阜に移ったものと見られる。
次に信長が目指したのが京都上洛だ。
そのためには岐阜から近江の国を通っていかなければならず、近江には浅井長政、六角義賢がいた。
信長は浅井長政に目を付けた。
長政に誰かを嫁がせ、婚姻関係を結び観音寺城の六角氏を打ち破り、京都に乗り込もうと考えた。
問題は誰を嫁がせるかだ。
白羽の矢が立ったのは、信長の妹 お市の方。
このときお市の方は22歳。戦国時代の結婚としてはかなり遅すぎる。
ひょっとするとお市は初婚ではなかったのかもしれないか、もしくは信長の寵愛を受け手放したくなかったからか・・・憶測は多多ある。
理由はともかくお市の方は1568年(永禄11年)浅井長政に嫁いで行った。
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